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高松高等裁判所 平成11年(ネ)50号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人らに対し、各金二四七七万六五七四円及びこれに対する平成九年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の負担、その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第二事案の概要

次のとおり補正するほか、原判決の事実及び理由欄第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五頁一行目から三行目までを削除する。

二  同八頁一一行目から九頁四行目までを次のとおりに改める。

「本件事故の主たる原因は、控訴人が、自動二輪車を高速度で運転し、路面の凹凸にハンドルを取られ、横転・逸走させたことにあるが、他方、亡ユリ子も、道路脇で無警戒に知り合いの原田豊子と世間話に興じていたものであって、そのことも本件事故の一因となっている。すなわち、亡ユリ子が道路脇で世間話などしていなければ被害を受けなかったはずであるし、世間話をするにしても路上の交通情況に気を配っていれば衝突を避けることができた。特に、控訴人の横転・逸走距離は五五メートルにも及んでいるから、亡ユリ子が注意をしておれば、その間に容易に退避できたというべきであり、現に、原田は衝突を避けている。したがって、二〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。」

三  同一〇頁六行目の「可動」を「稼働」に改める。

第三争点に対する判断

一  過失相殺の主張について

1  証拠(乙一の1ないし3、7ないし9)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の道路は、幅員四メートルで東西に通じており、道路北端に沿って幅員約七〇センチメートルの用水路が設置され、道路の両側一帯は田圃である。本件衝突地点では、右用水路上に、道路北端から用水路北端にかけて路面とほほ同じ高さのコンクリート製の蓋(道路北端から田圃に通ずる橋のような状態のもの)が設置されている。

(二) 亡ユリ子は、右道路を散歩中、自転車に乗って通りかかった知り合いの原田豊子と出会った。そして、亡ユリ子は右の蓋の上(路外)に立ち、原田は自転車を道路北端部(右の蓋の南端部付近)に東向けに止めてその脇に立ち、二人が向き合って世間話を始めた。

(三) 控訴人は、自動二輪車(車長二〇三センチメートル、車幅七〇センチメートル、車高一〇五センチメートル、総重量二九〇キログラム、総排気量〇・三九リットル)を運転して、本件衝突地点の西方から道路中央部を時速約一〇〇キロメートルもの高速で東進中、かなり前方(本件衝突地点の更に東方)を同方向に進行していた自車と同種の自動二輪車二台に視線を向け、誰が運転しているのだろうかなどと思って気にし、更にその自動二輪車の進行地点付近に居た四人の女子中学生にも視線を向けたりした後、視線を元に戻したところ、無意識のうちに自車の進路が道路の中央部から南端(右端)に寄っていたため、非常に驚き、路外に転落する危険を感じて、これを回避しなければならないと考えたが、その直後、急に自車のハンドルが左右に振れだして、十分な回避措置をとれないまま運転の自由を失い、その結果、本件衝突地点のかなり手前で、自車が転倒して左(北)斜め前方に逸走するに至り、そのまま前記の蓋の上に立っていた亡ユリ子に衝突させて前記用水路に転落させた。

(四) 亡ユリ子と原田は右衝突の直前に世間話を終わり、原田は、亡ユリ子と別れの挨拶を交わし、自転車を押して東方に進もうとしたところ、足元に後方(西方)からヘルメットのような物が転がってきたため、危険を感じて、咄嗟に自転車を道路中央側に押し倒すとともに同方向へ飛びのいて事なきを得た(原田は、控訴人の主張するように、世間話中に路上の交通情況に気を配っていたから衝突を免れた、というわけではない。)。

2  右認定の事実をもとに判断すると、亡ユリ子が世間話をしていた場所は路外であり、原田の立っていた位置も道路端であって、そのような位置関係において世間話をすることが通常の車両通行の支障になるとは考えられず、また、本件事故現場の道路交通情況が、右のような位置関係にあってもなお格別の注意が要求されるほどに危険なものであったとは認め難いから、亡ユリ子が世間話をしていたことは何ら責められるべきものではなく、また、同人に控訴人主張のような注意義務があったなどとは到底いえない(念のため付言するに、控訴人主張のように控訴人の横転・逸走距離が五五メートルにも及んでおり、亡ユリ子がその逸走にあらかじめ気づいていたとしても、逸走の経路を正確に判断することは容易ではないであろうし、控訴人の走行状態からして、逸走の速度はかなり高いものであったと推認されるから、亡ユリ子が高齢であったことをも考慮すれば、同人において素早く衝突を避ける行動をとることができたとはにわかにいえない。)。要するに、本件事故は、専ら控訴人の高速運転等の過失に起因するものであるというほかない。この点に関する控訴人の主張は、亡ユリ子に対し無理なことを要求するに等しいものであって、まったくいささか身勝手というほかなく、採用することができない。

二  損害について

1  逸失利益

(一) 証拠(甲三、四、乙一の6・7、控訴人絹子)及び弁論の全趣旨によれば、亡ユリ子は、本件事故当時、七六歳で、長女である被控訴人絹子、その夫治美及び被控訴人絹子夫婦の子利明と同居し、同人らが自営業を営み、あるいは農協や会社に勤務しているため、いわゆる専業主婦として、家事の大部分を処理していたことが認められる。本件に現れた諸般の事情にかんがみ、亡ユリ子の右家事労働については、その評価額を平成八年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢平均の賃金額である年間三三五万一五〇〇円(被控訴人ら主張額)、稼働可能期間を五年、生活費控除率を三五パーセントとして逸失利益を算定するのが相当であり、これらの数値を基礎にホフマン式計算により中間利息を控除すると、右逸失利益の現価は、九五〇万七五一八円(三三五万一五〇〇円の六五パーセントに相当する二一七万八四七五円に五年のホフマン係数四・三六四三を乗じたもの)となる。

(二) 証拠(甲六、七)及び弁論の全趣旨によれば、亡ユリ子は、本件事故当時、年間一九〇万八八〇〇円の恩給受給権(亡夫の戦死に関し亡ユリ子が原始的に独自の受給権者とされたもの)及び年間四五万一五九六円の厚生年金受給権を有していたところ、本件事故による死亡により、右各受給権を喪失したことが認められるところ、生命侵害による損害については、加害行為がなかった場合に想定できる利益状態と当該加害行為によって現実に発生した不利益状態とを金銭的に評価して得られる差額を損害として把握するのが相当であるから、亡ユリ子は、本件事故により、七六歳の女性の平均余命期間である一二年にわたり得られたはずの右各受給権に基づく収入を逸失して、損害を被ったものというべきである。そして、生活費控除率を前記同様に三五パーセントとし、ホフマン式計算により中間利息を控除すると、右逸失利益の現価は、一四一三万八三三一円(右各受給額合計二三六万〇三九六円の六五パーセントに相当する一五三万四二五七円に一二年のホフマン係数九・二一五一を乗じたもの)となる。

(三) 証拠(甲八)及び弁論の全趣旨によれば、亡ユリ子は、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法に基づく特別給付金として政府が平成五年一一月一日発行した第一七回特別給付金国庫債券(額面一八〇万円、平成一五年一〇月三一日までに、額面金額を均等償還二〇回払の方法で、九万円ずつ毎年四月三〇日及び一〇月三一日に償還されるもの)を有していたことが認められ、同事実及び同法の規定並びに弁論の全趣旨によれば、亡ユリ子は、死亡しなければ、右債券の償還後の平均余命期間中である平成一六年一一月一日に、更に右同様の債券を取得し、平成一七年から平均余命期間満了時である平成二一年までの五年間において、毎年一八万円ずつ合計九〇万円の償還を受け、残余の未償還金九〇万円については、被控訴人らが相続して償還を受けるであろうと推認されるところ、右特別給付金は、前記恩給の補完としてこれと同様の性質を有するものと考えられるから、亡ユリ子が償還を受け得たはずの右九〇万円(年間一八万円)も、本件事故による同人の逸失利益というべきである。そして、生活費控除率を前記同様に三五パーセントとし、ホフマン式計算により中間利息を控除すると、右逸失利益の現価は、三〇万七三〇〇円(右年間償還額一八万円の六五パーセントに相当する一一万七〇〇〇円に本件事故時より平成二一年まで一二年のホフマン係数九・二一五一から本件事故時より平成一七年まで八年のホフマン係数六・五八八六を控除した二・六二六五を乗じたもの)となる。

2  慰謝料

亡ユリ子が本件事故により死亡したことによる慰謝料は、二〇〇〇万円をもって相当と認める。その理由は、原判決の事実及び理由欄第三の四の理由説示と同じであるから、これを引用する。

3  葬儀関係費用

本件に現れた諸事情によれば、本件事故と相当因果関係のある亡ユリ子の葬儀関係費用は、一二〇万円をもって相当と認められる。

4  被控訴人らによる相続

右1ないし3の亡ユリ子の損害額の合計は四五一五万三一四九円であるところ、証拠(甲三ないし五)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは亡ユリ子の子であって、亡ユリ子には他に相続人がいないことが認められるから、被控訴人らは、右合計額の各二分の一である二二五七万六五七四円の賠償請求権をそれぞれ相続したものというべきである。

5  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、損害認定額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、被控訴人らにつき各二二〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、被控訴人らの本訴請求は、控訴人に対し、各二四七七万六五七四円及びこれに対する不法行為の日である平成九年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当というべきである。

よって、これと異なる原判決を右判断のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山脇正道 田中俊次 村上亮二)

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